相模原グリーンロータリークラブ
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相模原グリーンロータリークラブ
第552回例会週報

551回 | 553回 | 2003-04週報目次
◆宇宙開発の新時代
的川 泰則 名誉会員

 昨年10月1日、宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団の3つの組織がいっしょになり、宇宙航空研究開発機構「JAXA」が誕生し、相模原は宇宙科学研究本部という名称になりました。

 行革の中の特殊法人の整理という流れの中でトップダウンで統合しろということで出来たもので、本来新しい組織はビジョンを作って次に組織があるのですが、そういう状況の中、発足直後の「みどり」「H-2A」「のぞみ」失敗というトリプルパンチの逆風もあって、夢とかビジョンとかいうものは後回しになってしまいました。こういう政治との関わりについては後ほど言及します。

<人類の宇宙進出の様相>
1.宇宙へ行ってみたかった
  人間が宇宙に進出していったプロセスを振り返って見ると、もともとの動機は宇宙へ行ってみたくてしょうがない人たちがたくさんいた、それは夢とロマンという言葉で表せます。心理的な面では、冒険、好奇心、知りたい、ということが原因だったと思います。初期の宇宙開発はこれに支えられて約50年くらい基礎的なことがなされて来ました。

2.行ってみたら宇宙は利用できることがわかった。
  科学の面で思いも寄らないことが宇宙に進出してわかってきました。生活面では気象衛星、通信衛星、GPS、こういうことは打ち上げてみないと発見できなかった、今ではお茶の間にも宇宙開発の成果がたくさんあるし、車のカーナビその一つです。それから監視ですね、これは地球環境とか軍事的なものもありますけども宇宙から物事をウォッチするということです。産業面、政治面他あらゆる分野で宇宙は思ったよりも利用価値があった、ということは後で判明したことです。

3.人間の活動領域の活動
  人間はもともと海にいた魚だったわけですけども、海→陸→空→宇宙と活動領域を広げて来ました。ライトが飛んで約半世紀後、ガガーリンが大気圏外に出て宇宙に進出しました。ただ宇宙に活動領域を広げる必然性というものは議論されています。

4.新たなものの見方ができるようになるのか?
  宇宙飛行士が帰ってくると神様をすごく信じる様になると言われていますが、実際には、神様を信じていない人はますます信じなくなる、信じている人はますます信ずる様になる、つまり純粋な気持ちが発達してくる、ということの様です。人間がみんな宇宙に行くようになると、根本的な世界観、人間観が変わるのではないかと言われています。

<時間の切り口・コスモスカレンダー>
 ビッグバンが起きて134億年前に宇宙が誕生してから現在までの時間を1年とすると、人類の歴史はまばたきする間もないくらい短くて、
●類人猿の分岐が「12月31日23時59分58.8秒」
●文明の成立が「12月31日23時59分59.997秒」
となります。
 人間の生きる意味とか宇宙との関わりを論じるときは、こういう非常に刹那的な状態でしか人間は存在していない、という時間の切り口をまず押さえておくことが大事です。



<空間の切り口>
 スペースシャトルや月から見た地球はすばらしく美しく見えるのですが、太陽系のはじの方から見ると、虫眼鏡でかすかに青い点として見えます。カールセーガンはこの写真を見て、「青い点の中に私たちも先祖も愛する人もこの中で生活している。この青い点を青いまま守れるかどうかは私たちに託された課題である。」と言っています。
どれを見てもそれぞれに私たちが宇宙と関わりを持つ持ち方というものへの大きな示唆があると思います。

<時代の切り口>
 20世紀の十大ニュースで多かったものを3つピックアップすると、「社会主義の成立と崩壊」「地球環境の破壊」「宇宙への進出」で、1961年のガガーリンの飛行と1969年のアポロ11号の月面着陸はたいへん大きな出来事でした。
どうやって宇宙が出来て海が出来て生命が生まれてきたか、ということを一連のストーリーとして語れる様な科学的成果が今は私たちの前にあります。これは私が生まれた時は全く聞いたことのないストーリーです。この3つはいずれも時代の切り口としてはずせないもので、米ソ対立・東西対立の中で宇宙開発が急速に進歩したという点ではずせない、宇宙開発と地球環境の破壊はモニタリングという点でも軍事技術という点でもつながっていますからはずせない、「宇宙の進出」はそのものですからはずせません。今問題にされているのは、人々が幸せに暮らすということと本当に一体化して宇宙への進出ということを論じていいのか、という形で問題が投げかけられています。こういう「時間」「空間」「時代」という切り口が議論の根底にあります。

<冒険>
 宇宙開発の原初的な動機はまず冒険なんです、行ってみたかったということです。何で行くのか、ということの一番厳しい状況は宇宙飛行士が亡くなった時に顕在化します。私が最初にショックを受けたのがソ連のコマロフさんの事件で、ソユーズ1号に乗って亡くなりました。チャレンジャーとコロンビアの事故は、宇宙飛行士になりたい子どもたちに大きなショックを与えました。こんなに危険な乗り物は乗りたくない、という子がやはり出てきました。宇宙飛行士は危険もあるという教育は受けていますし、最後に家族と会うときはこれで最後かもしれない、という決意はするそうです。冒険はロマンに溢れたものである反面、命をかけた仕事なんだ、ということを子どもたちに認識してもらう必要があると思います。

<好奇心>
 宇宙に行って見たかった動機のもう一つは好奇心です。アインシュタインの考え方がもとになった私たちの命につながるストーリーが、すべてある程度つじつまが合う形で描ける様になりました。これは宇宙に出ていろいろな観測をして初めてわかったことです。ここまでは人間の生々しい冒険と好奇心から来ています。最近の話題を一つ、火星のことをお話します。これは「現場へ行って見ている」という強さがあります。まず水が見つかった、そして大量の水に浸されていた時期があったということが行って見た結果わかりました。

<行ってみたら利用できることがわかった>
 生活、産業、監視、政治面で役立つことが数多くあることが、実際に行ってみてわかりました。20世紀初め頃、アーサー.C.クラークというSF作家が静止衛星を通信に使えば、人間の生活はものすごく便利になるだろうと書いているのですが、それが今現実になっています。便利になったものを元に戻せるかというとこれはなかなか難しくて、生活と切り離せない状況に宇宙はあるということです。

<活動領域の広がり>
 魚が陸に上がりそこから直立猿人へ、そして人間になったわけですが、人と猿人はだいぶ違います。今はいったん水にもどったのではないか、という説が有力になってきています。これは「アクア説」というもので、最近見つけてファンになりました。海から陸、陸でも熱帯雨林からサバンナへと人間は生きるために活動領域を広げていったのですが、では陸上から宇宙へ飛んでいくことが生きるためなんだろうか、というのが大事な論点となっています。

<新たなものの見方が出来るようになるのか>
 技術が成熟してきましたが、スペースシャトルでも50回に1回失敗する、従ってまだ人を運ぶのはまだ無理です。「羽田から今日は50機出発します、そのうち1機は落ちます。」とアナウンスしたら誰も乗らないでしょう。もっと成熟度を高めて、これから30年経てば普通の人が宇宙旅行ができると思います。

 東西対立の中で米ソが競争してきたが、60年代の終わりに決着が付きました。その後ソ連は長期滞在に焦点を当て、アメリカはスペースシャトルへと進み、宇宙と地球を往復する安上がりなり物を作ってその技術をみんなのものにしていく方向になりました。これは哲学的な議論ではなく航空会社が勝ったということなんだと思います。こういうものの方が儲かる、という判断をしたのでしょう。

 日本ではこういう技術を目指していくつかの案が出ていて、JAXAで統一しようと努力しているが、なかなかまとまりません。早くまとめないと21世紀の宇宙を完全に外国に握られてしまうので、かなり心配しています。先日中国の人が宇宙に飛び、日本は先を越されたのですが、なかなか日本の政治は動いてくれず、有人飛行は全く立ち上がる気配がありません。

 宇宙科学研究本部でやっている仕事をご紹介します。三角錐の乗り物で、秋田県能代という所で液体酸素と液体水素を使って垂直に上げ、そして制御しながら下ろしていきます。燃料を詰め替えると少し修理をすればすぐ使える通称「おむすび」というものです。まだ大した高さは飛びませんが、数年後には100kmくらいを目指しています。
垂直離着陸の再使用ロケット実験ですが、私はかなり有望な分野だと思っています。

 今の人類の宇宙進出がこれまでと違うと思うのは、これまでは、東西対立・国威発揚としての宇宙開発というのが基本線にあり、日本は完全にアメリカといっしょにやってきました。冷戦が終結して国際関係が再編成されつつあります。ロシアはあの通り、そしてヨーロッパはEUが戦略を作りESAは実行機関という位置づけになりました。

 宇宙だけが独立した活動ではなくて、国際関係の再編成という流れの中で政治主導で宇宙が動き始めています。アメリカもロシアもヨーロッパも、政治というものが前面に出て宇宙を動かしているのに対して、日本の政治だけが全く宇宙について動かない、ということをひしひしと感じます。外国ではどんどん政治家が宇宙の現場に出てやっています。東西対立の傘が作った米ソどちらかに付くという考え方ではなく、これはどの国が人類に幸せをもたらすかという同一線上に並んだ頭脳の勝負だ、という様に思っています。

 好奇心、冒険という人間の欲望みたいなものが基礎になり、それが生活に明らかにプラスになることが起きていて、それから3、4は哲学的なものですが、そういうものがもっと掘り下げられれば、宇宙開発が人類に幸せをもたらすということの動機付けをかなり見つけることができるのではないかな、という気がしています。

 ブッシュ大統領が新宇宙政策を発表しましたが、結局は掘り下げ方が足りないと私たちは思っています。拙速はいけませんので、じっくり議論して日本がそれに取り組む意味をしっかり見つけて、あるところから加速度的に進んでいきたいと思っています。

 政治の世界でも宇宙のことをもっと理解してくれるといいのですが、そこが今は壁になっています。私たちはこういう議論では初期条件では優劣はない、今アメリカやロシアが技術は進んでいるからといっても、40−50年という規模で努力すれば必ず追いつけると思っていますから、そういう志を持って進んでいきます。

 JAXAは難産で半年経ったのですが、まだ幸せな時代がきていませんが、そういう心意気でやっていきたいと思っていますので、今後ともよろしくお付き合いをお願いいたします。