相模原グリーンロータリークラブ
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第741回例会週報

2007-08週報目次
◆「職業倫理について」
福本 俊雄 会員 

 今日は、私にとってよく解っていないことについてお話することになります。

 昨年職業奉任委員会から『私の職業倫理観』について、ということで雑誌を出された。
私は書けと言われたとき何故いきなり大きな命題を、と思ったが雑誌は立派なものであった。
実は、『倫理観』というこのことがいつも頭の隅にあって気になっていた。
ところがいきなり三分間スピーチを指名されて、何を話したらよいやらブツブツ言いながら壇上に向かっていたら、守屋会員から「『倫理』について話したら」と声をかけられ苦手な問題を思い出し、何とかそれは絡った。

ここで、今度は卓話を、ということになって苦手な『倫理』ということが又頭をもたげてきた。
そこで仕方なく辞書を引いた。

『りんり』
@人のふみ行なうべき道
A人間関係や秩序を保持する道徳  
とある。

これと一対のものとして
『どうどく』
@ 人間がそれに従って行為すべき正当な原理(道)とその原理に従って行為できるように育成された人間の習慣(徳)

 この二つの周辺にあると考えられる概念として原理としての
『てつがく』がある。
@ 世界や人生の究極の根本原理を客観的、理性的に追及する学問 
A 自分自身の経験などから作り上げた人生観、世界観、理念 
とあります。

 そこで『倫理』とか『道徳』という概念は、本来『善悪をわきまえる感覚』であり『人としての道』であるとするならば、わたくしどもは『善』と『悪』との間の『細い道』を巡る旅人のようなものである。
 一歩踏み外すとそこには『悪』の世界が待っているんだ と思う。
 絶えず『善と悪をわきまえる感覚』を養う必要があるのではあるが、このような感覚は、独立、人として、又は組織人として、それぞれの役割において果たすべき道として保持すべきものであろうと思います。

 『倫理』や『道徳』を取り上げる際に『普遍的人としての道』というか、人そのものというか、それに『現存する人としての道』の二つで考えてみる必要があると思います。
 真理というものは遠い世界に存在するのではなく、常に身近に存在し、これに忠実に価値判断に立ち入らず観察するとき『そこに得られる何か』を大切にし、それを足がかりとして問題解決に向けて努力することだと思います。

ここで最近よく使われる言葉にコンプライアンスがあります。
辞書を引くと
@ 承諾 
A 従順 
とあります。
 これは不祥事の多くが法令の枠組みを超えて人間として成すべき倫理問題を意識しない行為に基づくものが目立つようになったことから、広い意味に使われるようになったと思います。
これは専門職業倫理の面でうるさく言われるようになりました。

 例えば職業会社人、税務もそうです。
法律は行為の限界に一定の枠組みを設け、その定めた規定内の行為については自由な行動を認め、限界を逸脱すると罰則規定を定めて制御装置的機能をもたせてあります。

 しかし習慣法体系、つまり英米法体系の国において発生した概念がコンプライアンスで、企業倫理、反社会的行為が目立つようになって倫理観に基づく行為に至るまでの様々な段階の規律の履行について語れるようになった。
 社会から疑惑や不信感を招くようなことになり透明性の高い行為を行うということが内実となる。