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相模原グリーンロータリークラブ
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<会員増強について>

 会員増強委員長のやる気があるか無いかで大差になると思います。1995-96年度には13名の増員になりました。原増強委員長の鋭意と熱意に会員全員が絆されて努力の結果二桁の実績が残せたのではと思っております。よく言われております退会防止についても相模原グリーンRCには以前、新会員フォロー委員会を設けておりましたが、13名入会毎に新会員1名に対し、一人のフォロー会員を選任しフォローをお願いした記憶があります。
例えば新会員、メイクに一緒に行くとか、例会には隣の席にフォロー委員が座るとか、毎週金曜日の8時に「金八会」と銘打ち、会員の店、喰処には毎週数人の会員が集まり、ロータリーの会話で時間も忘れて盛り上がった時期がなつかしく脳裏に残っております。


<ロータリーのバッジ>

 私がロータリーの名称を知ったのが今から四十年程前でした。私が勤めていた社長がロータリアンでしてある会社の催しに参加された時に、業界の神様と称えられた松下幸之助さんと出会った時、お互いにロータリーバッジを付けていたので同志として気軽に会話ができたと聞いたことがあります。
 今から五年ほど前、神戸、京都、大阪二泊三日旅行に招待され参加した時の話。神戸のUCCコーヒー館見学した時、エスコート役の女性、背は低からず高からず、容姿端麗の女性が微笑みながら私に近づいて来たのです。私は神戸は初めて来たので隠し子供が居るはずがないのに妻もいっしょの旅でしたので、一瞬肝を冷やしました。その女性は私に対し「どうもありがとうございました。」と一礼されましたので、「何でしょうか?」と尋ねましたら、「ロータリーの方でしょう。」とバッジを指し、「私は二年ほど前に、ニューヨークで交換学生として一年間勉強させて頂き、ありがとうございました。」と答えてくれました。礼儀正しい少女でした。


<米山梅吉記念館見学>

 1995年9月29日、米山記念奨学会委員長浮田 實会員の念願でありました、米山奨学制度に理解を深めて頂くために、米山梅吉記念館を見学実施することが出来ました。日帰りで夜は例会とIMについて第一回クラブフォーラム開催しました。
 数日後10月11日夕刻、千葉県印旛中央RCの石井さんから電話がありまして、米山奨学生の受験を希望している東大学生を推薦して欲しいとの依頼がありまして、受験生本人より明朝電話をさせますとの事でした。翌12日午前八時半頃、本人から電話がありましたので、夕方四時半に大野北公民館の駐車場に迎えに行くことだけを約束し、受話器を置いてさっそく幹事の佐藤眞一会員へ連絡し米山奨学生委員長の浮田会員と連携して頂いたりと、何事も初めての経験でして一日中奔走し、約束の午後四時半初めて本人と対面し事務局へ向かい、事務所で佐藤眞一幹事、浮田委員長を交え事務局の横山さんにもアドバイスを頂きながら話し合いを進めました。
 10月14日、15日は第2780地区の地区大会開催日、13日は地区大会準備の為、ガバナー事務所経由は不可能と判断し、推薦書に佐藤幹事が署名捺印し提出書類を本人が直接東京芝公園の本部へ提出することに話し合いで決まり、書類を本人に預けました。
 いつもの年ですと10月15日が締切日ですが15日が日曜日ですので翌16日の締切日ギリギリに間に合うことが出来ました。躊躇し決断が遅れていたら、南明龍君の米山記念奨学生は実現しなかったかもしれません。

(2002/07/22 1995-96年度会長  清水 酉雄)